2017年 03月 28日

パープルリーフ2鉢


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右の6号朱温鉢は昨年購入したコリダリス・フレクスオーサ・パープルリーフ。子株が殖えている。
左の7号朱温鉢は同じパープルリーフ。右の子株からほんの少しだけ分けて移植し、冬のあいだは室内の出窓に置いていた。3月になってから庭に出したが、元の株よりも見た目は大きくなっている。寒い戸外に置いていたものと較べ、温々と育ったものはこんなにも違ってくる。

右の鉢は夏越しに成功した。室内に取り込んだのがよかったと思う。根茎が這うように出てきたので、そこに用土をかぶせて乾燥しないように管理した。一時はすっかり枯死したように見えたが、そのうちたくさんの芽がでてきた。
左のものは株が殖えているわけではない。株が大きくなっただけだろう。夏には根茎が出てくるから、そこに用土をかぶせてたくさんの子株をつくろうと思っている。しかし、そんなに子株を殖やしてどうするのか。それはこれから考えよう。

# by 130atm | 2017-03-28 11:11 | 山野草 | Comments(0)
2017年 03月 25日

開花した春の山野草


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拙庭のニリンソウが咲いた。これはどんどん殖えるので、マンション裏の花壇にも根茎を埋めてみたが、そこはやっと葉が出てきたばかり。昨日の朝にはうっすらと雪が積もっていたし、日照時間も少ないので、生長が遅いのである。



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心配していたヤマエンゴサクもムックリと顔を出し、もう花を咲かせようとしている。
しかしエゾエンゴサクも芽は出たけれど、弱々しくて、このままでは消えてしまいそうだ。

今年の3月は寒い。風も強いし、朝にはたいてい氷が張っている。灯油の消費量も多くなっている。しかし日照が強くなってきたので、土に触ると温かい。地温は日照しだいということか。

今年の春にはいいことがひとつあった。長年悩まされてきた花粉症が、ほとんど治ったようだ。別に何をしたというわけではないが、おそらく加齢によるものではないだろうか。どこかでそういう記事を見たことがある。少し目が痒かったり、鼻がグスグスしたりすることはあるが、こんな楽な春は若いとき以来だ。私は30歳台のときの5月に突然発症した。もう花粉の時期は終わっているはずなのに、クシャミと鼻水が止まらなくなったのである。もちろんすぐ耳鼻科に行ったが、私は杉花粉アレルギーだと診断された。あれから30年以上花粉症に苦しんでいたのである。

8日前に、右足につづいて左足の下肢静脈瘤の治療をした。レーザーで腿の内側の伏在静脈を焼灼する手術だったが、2泊3日の入院をした。世間では30分ほどの手術時間で日帰りが可能という通念があるが、そんな簡単なものではないようだ。合併症を発症する恐れがあるので、慎重を期しているのである。まだきつい弾性ストッキングを穿き続けるという苦痛はあるが、痛みもなく経過は良好だ。
術後1ヶ月は重労働や激しい運動は控えなければならない。ジョギングもそれに含まれるという。2週間経過したら、ボチボチとウォーキングから再開しようと思っている。

# by 130atm | 2017-03-25 14:11 | 山野草 | Comments(2)
2017年 03月 22日

冷蔵保存したオキナグサ種子の発芽状況


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オキナグサの種子は冷蔵で10年、冷凍では50年は保つという人がいたので、本当にそうなのか、試してみた。
その冷蔵していた種子をセルトレイに播種してみたのが2月11日。それから1ヶ月以上経過した。1穴に2粒のタネを仕込んでいる。セルトレイは72穴のもの。

写真右側の6穴は日本オキナグサ。西洋オキナグサが出芽しているのに、この日本オキナグサが出芽してこないので、これはダメかと思っていたら、遅ればせながらやっと芽を出してきた。これは去年のタネだったか、あるいはもっと以前のものだったか、もう記憶がない。発芽率は9/12。
その左6穴には青花西洋オキナグサ。これは9/12の発芽率。まずまずの成績。去年はタネを採っていないから、2年前のものだろう。
その左6穴は紫花西洋オキナグサ。これは8/12の発芽率。
いちばん左の6穴には赤花西洋オキナグサ。これは6/12の発芽率。セルトレイ左半分は去年のものだったはず。
2つ芽が出ているものは間引きする。本葉が出はじめたものもあるが、発芽率は採り播きよりも低いということは言えると思う。

数種のオキナグサを播種する場合、花の咲く時期がマチマチだから、採り播きだと播種の時期が揃わない。冷蔵保存ならば同時に播種することができる。仙台でも4月に入るとさすがに暖かくなるから、その時になって播種すれば戸外でも管理できる。それでも採り播きよりは1ヶ月も早くなる。そうすると育苗期間が長くなり、定植後の生育もよくなりそうだ。
冷蔵種は発芽率の低いのが気になるが、まずはたくさんタネを採って採り播きをし、不測の事態に備えて余ったタネを冷蔵しておこう。

# by 130atm | 2017-03-22 13:39 | 山野草 | Comments(0)
2017年 03月 19日

福島原発事故と『大衆の反逆』


為すべきことを為さなかったために、重大事故を発生させてしまう。福島原発の事故のことである。
不作為の結果責任は我々の日常でもよく経験することで、私の会社員時代にも何度もあって、その都度後悔と反省を強いられたものであった。

原子炉の安全部門を歩んできた人で、東電の原子力発電の最高責任者である武藤栄副社長は、土木調査部門から、想定される15.7メートルの津波から原発を守るために、10メートル盤の敷地の上にさらに10メートルの防潮堤を設置する必要があると伝えられていた。実際の津波は15.5メートル。東電としても、この防潮堤の設置を進めることを決定していたにもかかわらず、武藤栄氏は方針を変更し、何年も先延ばしにしたのである。この方針転換を、副社長の武黒氏と会長の勝俣氏も追認してしまった。その結果、あの大地震と巨大津波で、原子炉の爆発、そしてメルトダウンという苛酷事故が発生したのである。

なぜ先延ばしにしたのか。それは建設コストを考えたからだろうと言われている。カネのかかることは先延ばしにする。これは企業の論理なのかもしれない。しかし、それだけなのだろうか。
副社長が津波対策を軽視した心理的背景を、日本政治史が専門の三谷太一郎氏が「主体性を欠いた歴史認識の帰結は何か」(『世界』2015.10)という論文で示唆している。

「専門家支配の何が問題なのか。かつて、オルテガ・イ・ガセットは『大衆の反逆』(1930)において、「一つのことに知識があり、他のすべてのことには基本的に無知である人間」、すなわち大衆化した専門家の野蛮性を厳しく排撃した。専門家が自己限定の自覚を欠いたとき、専門家支配は暴走する。私たちがつい先ごろ目の当たりにした東日本大震災における東京電力福島第一原発の事故は、まさに専門家支配の暴走がもたらした破綻の極致であったのではなかろうか。歴史を遡れば、1930年代から敗戦までのいわゆる軍部支配は、軍事の専門家による専門家支配の一形態であったといえる」

オルテガの『大衆の反逆』には、こう書かれている。
彼(専門家)は表面的な判断から、自分自身を「ものを知っている人間」だと考えるだろう。事実また、彼が持っている知識の断片は、彼が持たない他の断片と一緒になれば真の知識を構成するものである。これが、二十世紀の初頭に極端に発達した専門家の精神構造である。専門家は自分が研究している宇宙の微々たる部分については実によく「知っている」が、それ以外のことについてはまったく何も知らないのである。・・・・・
われわれは彼を知者・無知者とでも呼ばねばならないだろう。これはきわめて重要なことである。というのは、そうした人間は自分が知らないあらゆる問題についても、無知者として振舞わずに、自分の専門分野で知者である人がもつ、あの傲慢さで臨むことを意味しているからである。・・・・・
他の分野における専門家の存在を認めないのだ。文明が彼を専門家に仕立てたとき、彼を自分の限界内に閉じこもり、そこで満足しきる人間にしてしまったのだ。しかし彼の心のうちにあるこの自己満足と、自分は有能だという感情は、彼をして専門外の分野をも支配したいという気持に導くだろう。・・・・・
「他人の言葉に耳を傾けない」、より高度の審判に従わないという性向は、ほかでもなく、部分的資質を持ったこれらの人びとにおいてその極に達しているのだ。彼らは今日の大衆支配を象徴すると共に、その大部分を構成している。そして、彼らの野蛮性こそがヨーロッパの堕落の最も直接的な原因になっているのである。・・・・・

東京電力福島第一原発事故で群馬県内に避難した住民ら45世帯137人が、国と東電に総額約15億円の損害賠償を求めた手段訴訟の判決が17日、前橋地裁であった。原道子裁判長は、国と東電はともに津波を予見できたと指摘。事故は防げたのに対策を怠ったと認め、62人に計3855万円を支払うよう命じた。「経済的合理性を安全性に優先させ、特に非難に値する」と述べた。(2017.3.18付朝日新聞)
もちろん、裁判にあっては、その経済的合理性を優先させた背景の心理状態にまで踏みこむことはない。徹頭徹尾、事実関係だけで判決を下すのである。

震災が落ちついてから、私は従兄弟たちに会うために東京へ行ったことがある。板橋区の高級マンションに住む従兄弟が管理組合の理事長をしていたとき、あの大震災が発生し、福島原発の事故があった。東電の某副社長もそのマンションに住んでいたのだが、その副社長の郵便受けにタバコの吸い殻が投げこまれたことがあったという。
東電の会長も社長も副社長も、あの事故以来白い眼で見られ、有形無形の嫌がらせを受けていたであろうことはこのことからも想像できるだろう。

# by 130atm | 2017-03-19 14:03 | 独断偏見録 | Comments(0)
2017年 03月 08日

黄花オキナグサの目覚め 2017


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出窓に取りいれていた黄花オキナグサの、小葉につつまれた蕾が見えてきた。
この時期の姿は、花を咲かせた姿よりも美しいと自分では感じる。植物の生命力が春の息吹に勇躍している。
黄花オキナグサは日本オキナグサの変種だが、日本オキナグサより開花は遅いという。変種だから、栽培管理は日本オキナグサと同等でよいだろう。

株自体は去年よりずっと大きくなっている。大株と言ってもいいくらいだ。
うまくタネが採れたら、今年は50穴のセルトレイの10穴に播種するつもりでいる。72穴のセルトレイよりもずっと穴が大きいから、育苗ポットに植え替える必要はなさそうだ。根が穴の中に回ったら、そのまま抜いて定植できる。育苗ポットに植え替えるストレスがないから、苗にとってはいいはず。果たして目論見通りにいくのかどうか。

# by 130atm | 2017-03-08 12:00 | 山野草 | Comments(2)
2017年 03月 07日

Esperanza Spalding


オバマ前大統領もお気に入り? ジャズ界のアイドル、エスペランサ・スポルディングです。
ウッドベースを弾きながらジャズを歌うという、新機軸のミュージシャン。かなり以前から活動していますが、これは比較的最近の動画。





# by 130atm | 2017-03-07 09:51 | 音楽 | Comments(0)
2017年 02月 26日

セツブンソウ 2017


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去年10号の浅型駄温鉢に移植。そして、去年できたタネを等間隔で仕込んでおいた。
移植したせいか、花も小さくて元気がない。タネからは一葉の芽が出ているが、もっと深く仕込んだらよかった。タネの殻が取れずに長くのびているものがある。
等間隔にタネを仕込んでも、出てくる芽は不揃いだ。一斉に芽が出るのではなく、ボチボチと出芽した。


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日照を遮るものがないので、花茎をのばすことなく花を咲かせている。もっと根茎があったはずだが、移植したために消えてしまったのか。

さて、拙庭のエゾエンゴサクも芽を出している。昨年はマンションのフェンスの塗り替えがあったので、ヤマエンゴサクの球根を取り出して植え替えた。塗るときの足場がちょうどヤマエンゴサクのある場所だったのだ。ところが、この根茎はどっちが上でどっちが下になるのか、見た目では分からない。これは失敗。ひょっとしたら全部が逆さまに植え直したかもしれない。

# by 130atm | 2017-02-26 10:36 | 山野草 | Comments(2)
2017年 02月 24日

初めての味噌造り


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家人に誘われ、山形県米沢市に行って味噌造りの体験をしてきたのが去年の7月4日。
家人はそれ以前にも会津若松市で味噌造りの体験をしているが、私は初めての経験だった。
指導してくれたのは米沢市の味噌屋で、参加者はたいてい以前にも他所で経験しているようだった。

去年の7月4日は新月の翌日。雑菌が入らないよう、頭にビニールの帽子をかぶり、手を消毒して、さらにビニール手袋をはめての作業だった。材料はすべて用意されていて、私たちはそれを捏ね、混ぜ合わせてプラスチックの樽に仕込んだ。家人と私とで2樽だから、出来たら2人の娘にも送るのである。安直といえば安直だが、シロート相手にはこのレベルの企画が精一杯だろう。

仕込んだ味噌は2~3ヶ月で液が上がってくるので、そうなったら天地返しをすると教えられた。しかし、年が明けても一向に液が上がってこない。ついにしびれをきらせて、くだんの味噌屋に問い合わせた。
樽を置いている場所や室温によって、液が上がってこない場合があるという。仕込んでからだいぶ期間がたっているのでもう切り返してもいいというから、天地返しをした。それが2月4日。カビもほとんど発生していないし、いい匂いもしている。見た目にはもう出来上がっているようだが、4月ぐらいには使えるものになるだろうか。

私が東京に単身赴任するとき、基本的に完全自炊を志した。たぶんそれ以前に買っていたのだろうが、中央公論社の「暮しの設計」というシリーズのNO.208 『味噌の料理』という本も持っていっていた。そこに紹介されていた亀戸の味噌専門店「佐野みそ」で、何度か味噌を購入した。亀戸に取引先があったので、その帰りに寄ることができたのである。色んな味噌を試したわけではないが、味噌汁は平凡ながら仙台味噌と信州味噌の合わせ味噌に落ちついた。

『味噌の料理』には各地方の味噌が簡単に紹介されているが、味噌の作り方は載せていない。北から南まで、味噌造りの仕方は一様ではないからだろう。その土地の気候風土に合った味噌というのがあるのだ。米沢で仕込んだ味噌は米沢地方の味噌であって、会津若松で仕込めば会津味噌になり、仙台地方の標準的な造り方をすれば仙台味噌となる。
それにしても、味噌はふつう寒い時期に仕込むものである。会津若松では11月に仕込んでいる。米沢ではどうして雑菌の発生しやすい7月という暑い季節に仕込んだのだろうか。講習会ではその説明がなかったように思う。きっと醗酵を早めるためだろうと、後になって思うのだが。

# by 130atm | 2017-02-24 09:38 | 発酵・微生物 | Comments(0)
2017年 02月 19日

日本オキナグサの母本選抜


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今朝の最低気温は-3℃。拙庭花壇に植えた13株の日本オキナグサの中で、早くも花を咲かせようとしているものを見つけた。
同じように苗を植えつけたのに、その育ち方は一様ではない。ほとんどがまだ硬い芽なのに、この株を見たときには少し驚いた。

花壇に植えつけた苗はたぶん親が同じものだと思うが、この株は強健な性質を持っているように見える。これがもし立派な株になったら、この株から採取したタネで苗をつくろうと思っている。
こういうことを、「母本選抜」というらしい。病気に強いものや品質の安定しているものの種を取るために行うもので、優良品種を維持していくために、これを毎年実施するという。野菜など、その土地固有の品種の維持には欠かせない作業になっているようだ。
自家採種している農家や育種家はこれをふつうに行っているが、私はこんなことを考えていなかった。野菜は別として、オキナグサのような山野草ならば、自分でもできそうである。

日本オキナグサといえど、同じ仙台市内で栽培しても、その土壌環境や気候条件などによって微妙に遺伝子が変化して、形質にあらわれてくるのではないか。このオキナグサの優良なものを毎年選抜していけば、あるいはおもしろいことになるのかもしれない。

# by 130atm | 2017-02-19 10:00 | 山野草 | Comments(2)
2017年 02月 18日

やっと太陽光が


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2月の切り返しが終わり、透明なビニールをかけた。
落葉堆肥は腐熟がすすみ、切り返しがかなり楽になった。タネ播きの時期までに去年と同等に分解のすすんだ堆肥ができれば、米ぬかは入れずともよいという結果になる。米ぬかを入れるとシマミミズが繁殖するが、入れなかったために、数が激減している。それでも切り返しながら見つけしだいつまみ取るので、もっと数は減ったはず。でも油断はできない。有機肥料の過剰施肥や生ゴミ堆肥を入れると、どこに潜んでいたかと思うほど爆発的に増殖する。

裏菜園にも、かなり太陽光があたるようになった。太陽が高くなるにつれマンションの影がしだいに後退していくので、透明なビニールをかけておくと地温が上がり、落葉の分解がすすむ。写真は午前11時半の日照の様子。午後になるともっと手前まで太陽光があたる。写真を撮る私の影が写っている。
今はまだ堆肥は盛り上がっているが、もうひと月もすればかなり嵩が減ってくる。ベビーリーフにとって、これだけの土は必要でないが、ナスは深く広く根をのばすので、大株になれるかどうかは、やはり土の量によるだろう。

落葉堆肥には米ぬかも家畜糞堆肥も入れないから、いわば雑味のない土になる。これは作物の食味に大きく影響するだろう。
混ぜ込んだのは自家製の土着菌培養液だが、これは体調のよくないときに山に登って採取した土着菌を、ご飯で増殖させ、培養したもの。そのご飯に土着菌を移すとき、余計な思案をめぐらせて失敗している。だから、この土着菌培養液も、それほど上等だとは思っていない。今年の秋にはまた山に登ってたくさん採取し、納得のゆく土着菌培養液をつくろうと思っている。

# by 130atm | 2017-02-18 13:10 | 発酵肥料・堆肥 | Comments(0)
2017年 02月 14日

日本オキナグサの開花


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2月1日に記事にしたポット苗の日本オキナグサが咲いた。
花は小さいが、今はまだこんなもの。株が大きくなれば、花弁(萼)も長くなってくる。株元から、もう一つ花茎が出てきた。

拙庭に植えた苗は個体差があって、太い芽が見えているものもあれば、死んでしまったようなものもある。もう死んだかと思って土をどけてみると、どっこいまだ生きていた。全部をチェックしたわけではないが、死んでしまったものもあるかもしれない。

拙庭花壇とマンション裏の花壇にこの日本オキナグサのポット苗を植えつけるとき、大きな失敗をした。それは、周囲にたくさんのペレットの肥料を撒いて土と混ぜ込んだのである。いくら肥料を欲しがる山野草だからといって、これはやり過ぎであった。肥料負けして、マンション裏花壇のものはほとんどが死んでしまっている。苗を植えつけてから1ヶ月は様子を見て、活着しているようであれば、根の届いていない周囲に小量の施肥をすべきだったと反省。死なせてしまっても、原因を特定して次回に活かせたら、それは成功への一段階となる。

さて、日本オキナグサのタネは採り播きが原則だ。しかし、冷蔵庫に保存すると10年、冷凍庫では50年保つという人がいる。本当だろうか。
去年に播種して余ったタネを、捨てるのがもったいなくて冷蔵庫に保存していた。日本オキナグサ、青花西洋オキナグサ、紫花西洋オキナグサ、赤花西洋オキナグサのタネである。それをセルトレイに各6穴に分けて2粒ずつ播種し、出窓に置いている。
首尾よく発芽してくれたら、秋までの育苗期間が長くなり、その分だけ苗が大きくなるだろう。そうなれば、翌春には確実に花が咲く。
もしこれがうまくいけば、採り播きが原則だったものが、冷蔵保存して翌年の早春に播くというのも、もうひとつの原則になるかもしれない。

わが家の日本オキナグサは、ブログで知り合った山野草愛好家のW氏からもらったタネで育苗したもの。
W氏の家には立派な庭があって、そもそもは近所の家から飛んできたタネから庭で増殖したものだという。数年前にたくさんのタネをいただいたが、それはW氏の庭のものと、そこの近所の家のものとが混じっていた。
それを播種して育苗し、花を咲かせたところ、濃い臙脂色と、赤みがかったものとの2種類があるのに気がついた。ネット通販している苗にも、赤っぽい花と明記しているものがある。私は濃い臙脂色の花のタネだけを今は播種しているが、どうして花色の違いが生じたのだろうか。
昆虫もそうだが、同じ品種の山野草でも、地域によって微妙に遺伝子が異なっていることがあるという。絶滅が危惧されている日本オキナグサも、その地域固有の遺伝子を持ったものがあるので、他所の地域から持ってきたもののタネで繁殖させることには問題があるという。環境がちがえば、遺伝子も変化してくるということなのだろう。私がもらったタネは、そもそもどういう素性のものか分からない。たぶんショップで買った苗から殖えたものだろうと思っている。

# by 130atm | 2017-02-14 11:24 | 山野草 | Comments(2)
2017年 02月 06日

堆肥の切り返し


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昨年11月末に切り返して以来、2ヶ月ぶりに裏菜園の中央枠を切り返している。
年明けに左右の枠の落葉堆肥を切り返したが、そのあとにギックリ腰になり、中央枠の切り返しが遅れたのである。

ギックリ腰は自分で治したが、ピタッと治ることはなく、激痛はないものの、朝の起床からしばらくは調子がよくない。それでも日常生活には支障がなくなったので、いよいよ切り返しに着手する元気が出てきた。

落葉を大量に仕込んだので、我ながらものすごい量になっている。底も深いので、これを一気に切り返したら、これはもう、またギックリ腰だ。
できるだけ腰に負担をかけないような姿勢で、徐々に切り返しをはじめた。写真は1時間弱で切り上げたところ。これは午前の部で、午後も1時間ほどかけてゆっくりと切り返す。明日も午前と午後の2回に分けて切り返す。
シマミミズはついでに駆除するが、これはテキトーに。必死になるとこれはまた腰の負担になる。もう数は少ないけれど、エサがないのに、しぶとく生き残っている。

この作業に行くとき、菜園仲間のH氏のお嬢さんに出会った。ちょうど軽いストレッチングを終えたばかり。これから途中でマラソン仲間と落ち合って、仙台空港まで往復走るのだという。ほぼフルマラソンの距離。上から下まで、長距離走のファッションと装備を完璧に整えている。マラソンは彼女の人生そのものだ。


私も負けずに、好きなヴァン・ヘイレンで景気をつけて頑張ろう。



# by 130atm | 2017-02-06 10:22 | 発酵肥料・堆肥 | Comments(2)
2017年 02月 01日

育苗ポットの日本オキナグサ


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出窓のコスレタス、リバーグリーンもついにトウ立ちしたし、少しさみしくなったので、去年播種してスリットの育苗ポットに移しておいた日本オキナグサを1月21日に出窓に持ってきた。

露地に植えたものとちがって、育苗ポットに移したものは生育が遅い。それでも、1株だけ出窓で緑を楽しみたいと思った。

なにせ株が小さいので、こんなものでは花を咲かせるのはむずかしいと思っていた。
数日して芽に動きが出てきて、葉がのぞいてきた。小さかった株元がだんだんと太くなってくるので、これはしっかりと育ちそうだと思っていると、葉のほかに、何やら蕾のようなものが出てきた。

蕾のようなものは、小葉に包まれている。ここからさらに花茎がのびて花(萼)が開く。1年目なので、小さな花になるだろう。
去年は4号スリット鉢の日本オキナグサを2月3日に出窓に取りいれたが、それが1ヶ月もしないうちに10個以上の花を咲かせた。播種してから1年以内にしてはこれは出来すぎであった。
今回は小さなスリットの育苗ポットだから、1つか2つ止まりの開花になるのではないだろうか。かえってそのほうが、楚々とした風情で、オキナグサらしい趣があろうというもの。売っているポット苗だって、1輪か2輪開花のものである。

# by 130atm | 2017-02-01 09:33 | 山野草 | Comments(0)
2017年 01月 28日

あらかたヒヨドリのエサに


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数年ぶりに、最低気温が-5℃を下回った。
日中でも氷点下のままで、真冬日になった日があった。
真冬日ではなかったが、氷点下に近い気温の日中にジョギングをしたら、たちまち汗が冷えて、お腹に来る風邪をひいてしまった。
寝込んだのは、数年前に孫から移された強烈な風邪のとき以来だった。そうでもなければ、風邪をひくなどということはめったにないのである。老化で、抵抗力が低下したのだろうか。

さて、結球させてみようと思って拙庭花壇に植えたコスレタスのリバーグリーンは、写真のような悲惨な状態に。
以前から変な糞が散見していて、葉がかじられた跡があった。まさかこの季節にヨトウムシでもないだろうと思っていたが、あるとき、ヒヨドリが葉を啄んでいるのを発見。追い払ったところでまた来るのは目に見えているので、そのまま放置しておいた。
少しは葉を取って食べてみたことはあったが、冬場だから、葉はゴワゴワに硬くなっている。食べてもおいしくないから、このままヒヨドリのエサにしておくことにした。裏菜園のほかの仲間の野菜も、ヒヨドリの食害に遇っている。
北海道のヒヨドリは冬になる前に本州に渡ってくるが、ここら辺のヒヨドリは一年中居着いている。以前にはマンションの植え込みのなかに巣があって、毎年雛を孵していた。ツバメとちがって糞害があまりないので放置しているが、啼き声がうるさい。

写真の左側にはもう原種チューリップやスイセンの葉がのびている。10号浅型駄温鉢にセツブンソウのタネを仕込んでおいたものがもう一葉の芽を出している。日射しも強くなってきた。春も遠くない。

# by 130atm | 2017-01-28 13:25 | 野菜 | Comments(2)
2017年 01月 17日

7号鉢のパープルリーフ


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7号朱温鉢のコリダリス・フレクスオーサ・パープルリーフ。
6号鉢にたくさん生えてきたので、その一部をスリットの育苗ポットに移しておいたが、少し根を張ったころだと思い、7号鉢に移植した。

7号にしたのは、たくさんの子株が期待できるからだ。6号鉢のほうはたくさん茂っていて、もう手狭になっている。これはベランダに出して冬の冷気にさらしているが、7号鉢はもう少し出窓で育苗してからにしようと思っている。



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7号鉢の用土は、底に大きめの礫を敷き、下半分は日光砂中粒4:蝦夷砂中粒3:黒土3の割合にしている。上半分は、日光砂小粒4:蝦夷砂小粒1:桐生砂小粒2:黒土3の割合。礫はしっかり微塵を篩い落とし、洗ってから配合した。黒土はほとんどが腐植物である。定植してから水を霧状にして噴霧したが、しばらくしてからジワジワと鉢皿に水がたまってきた。排水性は問題なさそうだ。

栽培暦に、「関東標準」という言葉がある。山野草栽培でも、関東標準用土というものがあるだろう。関東では当たり前に使用される赤玉土は、寒さの厳しい北国では悪玉土となる。凍結と解凍を繰り返して微塵になるからだ。日光砂だって表面のところは微塵になりがちだ。だから、山野草の用土配合でも、その地方の気候風土に合わせたものにする必要がある。つまり、自分で試行錯誤していかなくてはならないのである。

# by 130atm | 2017-01-17 10:21 | 山野草 | Comments(4)
2017年 01月 13日

アルバン・ベルク - 抒情組曲





新ヴィーン楽派、アルバン・ベルクが十二音技法を以て作曲した最初の大曲。
この楽曲はベルクの不倫の恋が主題になっていると言われているが、映像はそれを意識した作りになっているのだろうか。
私が持っているレコードは「弦楽四重奏のための抒情組曲」だが、1927年の初演はこの弦楽四重奏曲で、1929年に「弦楽オーケストラのための編曲」が初演されている。カラヤンの指揮による演奏は、この編曲だろう。






これも新ヴィーン楽派のアントン・ウェーベルンの「パッサカリア」。
同じ映像作家によるもの。

# by 130atm | 2017-01-13 10:40 | 音楽 | Comments(0)
2017年 01月 01日

大晦日も元旦も鴨鍋で


新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。




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秋田市の知人から、今回も真鴨の肉が送られてきた。
解凍したら、血がしたたってきた。胸肉の色が濃い。右はハンガリー産の合鴨の胸肉。色がまったくちがう。血抜きの問題もあるだろうが、ジビエとはこうしたものか。

前年も鴨肉が送られてきたが、ふつうの牛刀で捌いたら、きれいにできなかった。この肉を冷凍庫から出して自然解凍をはじめたら、恰好のナイフがあったのを思い出した。「トラウト&バード」という名前のカスタムナイフで、もう長いこと使っていない。まだネット通販などという便利なものはなかった時代だったから、市内の刃物店で、カタログを見て取り寄せてもらったのである。名前のとおり、イワナなどの渓流魚や野鳥を捌くためのナイフだ。これで捌いたら、きれいにできた。

真鴨の胸肉や腿などの厚めの肉は鴨鍋にして、ガラでだし汁をつくった。合鴨は半生のピンク色に煮て甘辛い調味料に絡め、薄く切ってお節料理と雑煮の具にした。

さて、鴨鍋である。
今回は鴨肉のすき焼きにしようかと思っていたが、レシピのファイルをさがしてみたら、以前にその秋田の知人が鴨肉と一緒に送ってくれた鴨鍋のレシピが出てきた。今までこの通りに作ってみたことがなかったので、今回は大晦日にこのレシピに沿ってつくることにした。

材料:鴨肉・・・適宜 ゴボウ・・・適宜 長ネギ・・・適宜 豆腐・・・適宜 きのこ類(ナメコが最適)・・・適宜
調味料:醤油2に味噌1の割合 砂糖少々 酒少々

料理方法:水に肉とゴボウを入れ沸騰させ、2~3回アクを取ったあと、砂糖少々、醤油、味噌、酒を少々入れ、少し塩辛いくらいに煮てから、きのこ、ネギ、豆腐を入れて煮る。

鴨肉の量がけっこうあって、夫婦2人では一度に食べきれないので、楽焼の鍋で大晦日、元旦の2日つづきで食べることにした。醤油と味噌を合わせる鍋ははじめてだったが、鴨肉のだしがよく出ていておいしかった。
材料は適宜ばかりで、きちんとした分量があるわけではない。料理研究家だと、何度も試行錯誤してその分量を決めるというから大変である。だから、専門家でない私は、自分の好みで、テキトーに按配するのである。しかし、最初は調味料をやや少なめにして、足りなければ足していけばいい。真鴨が手に入らなくても、これは合鴨でも代用できるだろう。

# by 130atm | 2017-01-01 09:00 | 料理 | Comments(6)
2016年 12月 30日

「大川小学校」が問いかけるもの


東日本大震災の津波で、石巻市の大川小学校は74人の児童と10人の教職員が犠牲となった。
私は震災翌年の10月にその大川小学校を訪れる機会を持ったが、その時に抱いた疑問が解けることなく、現在に至っていた。それは、なぜすぐ裏にある山に逃げようとしなかったのか、ということだった。
この大川小学校の惨事は、実にたくさんの教訓を含んでいて、それは人間のあらゆる行動の「失敗の本質」を具現していると思うようになった。


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私は大川小学校のウォッチャーではないから、報道されるものをくまなくチェックしていたわけではない。どちらかというと、積極的に真相を知る努力を怠っていた人間である。だから、それに対する関心の程度は、宮城県に住む一般人とたいして違わない。
私が読んだ「学校は子どもの命を守れるか」(『世界』2017.1)という鼎談で、なぜ裏山に逃げようとしなかったのか、という疑問を解く事実が述べられていたので、ここに紹介しておくのも無意味なことではないと思う。


Y 弁護団によれば、ある先生が「山に逃げましょうか」と提案しても、「山は危ないから駄目だ」という地域の方がいた。学校が避難場所になっていたので、地域の方々も、区長を含め、たくさん来ていたのですね。
S 裏山に逃げようと考えた先生が複数いたのは事実です。教頭も山に避難したいと思っていた。私は、そこで地域の人に聞いたのが間違いだったと思います。なぜなら、地域の人について言えば、大川小も危険だと予想した人はすでに別の場所に避難しているからです。校庭にいる地域の人は、ここが安全だと思って集まっているわけです。そこで教頭が孤立してしまった。50分間にわたって、ただそこにいた。「校庭は安全だから残ろう」という判断があったからではなく、ただ何も決めずにいたのです。・・・・・
S 教頭が決断して、つべこべ言わずに逃げろ、と言ってくれればよかったのですが、誰かの同意を得ようとした。そこで地域の人に聞くと、大丈夫だろうという人ばかりだった・・・・・
S 生き残った先生は、前任地が海の近くの学校で、かつ自然科学の専門家でした。この先生は地震直後に津波が来ると考え、校舎から校庭に避難するときに「津波が来るから山に逃げるぞ」と言い、いったんは児童も山に逃げはじめた。しかし、それが津波警報の前だったことから、「勝手なことをするな」と引き戻されてしまいます。「(山へ登って)転んだらどうするのか」「落ち着け」などの意見が主導を握ります。・・・・・・
S あのような状態だったので、事実を調べきれない部分が出てくることは私たちも認識しています。でも、わかることはしっかり遺族に説明してほしい。なのに、明らかな嘘や事実の隠蔽があまりにも多い。当初、教育委員会から「説明会は開催しない」と言われて、それはおかしいとなった。結局、約一カ月後に初めての説明会が開かれて「地震で裏山の木が倒れていたから避難できなかった」と説明されたのですが、実際には一本も倒れていなかった。それがすべての始まりです。そこでボタンの掛け違いが起きた。きちんと謝罪をして、しっかりと調査をしていれば、ここまで複雑な問題にはならなかったはずです。当事者である教育委員会が、向き合ってくれなかったことに尽きます。


23人の児童を亡くした遺族が石巻市と宮城県を相手に損害賠償を求めた裁判で、仙台地裁は遺族全員に計14億円を支払うように命じたが、県と市は控訴。これを受けて遺族側も控訴している。

「なぜ裏山に逃げなかったのか」。その現場の状況をこの鼎談で知ることにより、どれだけの教訓を引き出せるかは、読む人の状況分析力や、想像力、それを教訓に収斂させる力量によるだろう。それはすなわち、私たちの日常の状況判断や行動指針につながっていくものだ。何も想像せず、何も考えない。そういう心構えだけでも生きていくことはできる。しかし、そういう人が多くなれば、迫り来る危機状況にも無関心になり、気が付いたときには、取り返しのつかない事態に陥ってしまっているのである。

# by 130atm | 2016-12-30 11:06 | その他 | Comments(0)
2016年 12月 29日

乳酸菌液でバラの殺菌を


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早々と10月のうちに土替えをした拙庭のバラ。11月18日の記事にのせたバラだが、寒さにかかわらず、ここまで葉を展開している。
しかしもう冬に入っているので、さすがに枝がのびる様子はない。短く剪定してしまうと、どれがどのバラだか、分からなくなる。

今のところ黒点病などに罹っているものはないが、それでも用心して、殺菌を継続している。
今回は石灰硫黄合剤を塗布していないので、冬のあいだは自家製の乳酸菌液を噴霧することにした。経験では、石灰硫黄合剤を塗っても、うどんこ病や黒点病の発生が抑えられるということはなかった。その他の病気の予防になるのかもしれないが、何だか気休めのような気がしている。
乳酸菌液は米ぬかと牛乳からつくったもの。米ぬかに水を入れて攪拌しておくと、気泡が発生して米ぬかが浮いてくる。それを攪拌して、臭うようになったら不織布で漉す。その液50㏄に牛乳を450㏄を注いでおくと、数日して分離してくる。完全に分離してから液を漉すと、至高の乳酸菌液の完成だ。
500㏄のペットボトルに塩1g、黒砂糖5g、乳酸菌液を入れ、400㏄ぐらいになるように水を足す。乳酸菌は増殖してくるので、泡が発生する。爆発しないようにフタを少しゆるめておく。それが落ちついたら、500倍に希釈し、展着剤を混ぜ込んでからバラに噴霧するのである。マルチにしている不織布のマットにも噴霧する。できれば毎週噴霧するといいのだが、つい億劫になって間が空いてしまう。

さて、米ぬかと水でつくった乳酸菌液は、牛乳を加えなくても乳酸菌液である。そこで、残った液に塩砂糖を加え、水を足して増殖させてみたら、それがうまくいった。乳酸菌の濃度は低いのかもしれないが、この方法でも、至高ではないがそれなりに乳酸菌液はできるのである。匂いも同じだ。希釈割合は試行錯誤しないとはっきりつかめないが、じゅうぶんに使えるのではないだろうか。

# by 130atm | 2016-12-29 11:25 | バラ | Comments(0)
2016年 12月 28日

冬のオキナグサ


今年のクリスマスも、何事もなく過ぎ去った。
孫たちが来ないと、こうなるのである。小学校や幼稚園に行くようになると、何かと行事があって、短い冬休みが慌ただしくなるのである。
クリスマスケーキなんぞは、孫が来ないと食べることがない。クリスマスだからといってご馳走をつくるわけでもなく、ふだんのとおり慎ましやかなもの。でも、せっかくのクリスマスだから、クリスマスソングのCDを聴いた。わが家のクリスマスはそれだけで終わり。

歩いて行ける距離にある大崎八幡宮には、今年は元日に行こうと思っている。去年は心房細動不整脈の手術をしたばかりで、その元気がなかった。もうそのときには血栓ができたために脚が腫れていたのだろうと思う。
でも今年は元気だ。家人と一緒にウォーキングをして、初詣で大渋滞の車を横目で見ながら颯爽と歩いて行くのである。上から下までランニングファッションを完璧に着こなして、老人が追い越して行くのである。ザマミロ。
でも、あの長蛇の列に列んで詣でるのではない。八幡宮の後ろから入って、横から初詣を見物するのである。そうして長時間列んでいる初詣客を尻目に、本殿を後ろにして帰るのである。
ここの大崎八幡宮には、楽天イーグルスやベガルタ仙台が優勝祈願をしに来る。しかし、成績は低迷したままだ。ご利益なんかあるものか。そう言ったら、家人にたしなめられた。もうすっかり悪態老人である。



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7号駄温鉢に鉢増しした黄花オキナグサの株。ガッシリと根を張り、腰を据えた風情だ。これなら春の開花が期待できる。
昨年に購入したポット苗だが、今年の春はこの黄花の花の写真は撮っていないし、タネも採らなかった。その理由はもう憶えていないが、撮るほどの姿ではなかったのだろう。


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8号駄温鉢の紫花西洋オキナグサの株。これもガッシリとしている。この春に2つの花を咲かせたが、風と不注意で花首が2つとも折れ、タネを採ることができなかった。これも大株にしようと思って鉢増ししている。
花首の折れた無念さは、DNAにどう影響するのだろう。ひょっとしたら、白花西洋オキナグサのように、四季咲きのオキナグサになるのかもしれない。そうなったらおもしろいが、きっとそうはならない。白花だって、花首が折れたために四季咲きになったのではなく、元々そういうDNAだったのだろうと思う。

# by 130atm | 2016-12-28 13:31 | 山野草 | Comments(0)