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2012年 04月 15日
雨の降るはずだった昨日は、雨雲が県南をかすめて東へ抜けていきました。 今朝は目の覚めるような青空。風もありません。 朝の6時半ごろに拙庭に出ると、チャイナブルーの葉先に朝露がついていました。 ![]() これはさかんに水を吸い上げているということ。見逃しやすい光景ですが、陽のあたらないうちに撮っておかないと消えてしまいます。 2012年 04月 09日
エゾエンゴサクは8日に出芽しました。 去年は3月に出芽していますから、今年はやはりこの春の寒さで遅くなったようです。 ![]() 朝日をあびているヤマエンゴサクです。ヒマラヤエンゴサク(コリダリス・フレクオーサ・チャイナブルー)とくらべると、色が薄く、地味ですね。 ![]() いただいたシラネアオイも出芽しました。今のところ2芽です。 朝から南風が吹いています。今日は17℃になるという予報ですが、本当にそうなるのでしょうか。 2012年 04月 07日
去年はあの大震災で開催されなかった「春の植木市」ですが、今年は4月7日から催されることになりました。主催が仙台市ですから、去年は植木市どころではなかったのです。 桜の名所である西公園というところに会場を設置し、園芸造園関係の業者が出店します。初めて来たときには、思っていたより規模が小さくて拍子抜けしました。小規模の栽培業者が出店しているので、品揃えに偏りがあり、品数も少ないのです。それでも思わぬ掘り出し物があるので、園芸店に通うのとはまた別の楽しみがあります。 ![]() 開催時間の午前10時過ぎに西公園に行くと、道路にはたくさんの車が駐車。思い切って公園の中に入っていくと、意外にも空きがありました。 ちょうどオープニングセレモニーの真っ最中。仙台市長も列席しています。挨拶を聞いている人たちは、地面に引かれた白線上に列んでいるのです。先着順で苗木がもらえるのですね。 ![]() なじみの栗山ばら園さんです。右奥のおじいさんと、左のおばあさんとで切り盛り。息子の嫁さんもおりました。 ![]() 「農業園芸センターのほうはどうなってます?」 「それがいつ再開できるか分かんないの。あちこちから電話もらってんだけどね」 栗山ばら園さんは、海に近い農業園芸センターに常設店があります。それがあの大津波で壊滅。センターは活動を再開していますが、何店かある常設店は、再開の見通しが立っていないようです。 ![]() 「これ、エゾエンゴサクじゃないんだけど」 「それ、洋種。何とか言う長い名前の」 私は結局、まだ蕾のないチャイナブルーと赤花の西洋オキナグサを買って、家路につきました。 空が暗くなってきて、雪が舞いはじめました。 2012年 04月 07日
メイサという黒人女性歌手です。 先日不意に亡くなった絶唱型の歌手とちがって、さらりと歌うタイプの歌手です。 "Grateful" これはオバマをヨイショしている歌。 "Have Sweet Dreams" 口直しに。 "Can We Change The World" "Can We Change The World" と問われて、"Yes We Can" となれば、やっぱりこれもオバマのヨイショだな。 ただの私の個人的な趣味でした。 2012年 04月 06日
朝早いうちは晴れていたのに、黒雲がにわかに空を覆ってしまいました。 降り出す前に撮っておこうと、被写体の周辺を片づけて、三脚を倒すような形で低い位置に据えました。 ![]() このヤマエンゴサクは、作並温泉の、とある敷地内に生えていたものを所有者からもらってきた人から、さらに私が譲り受けたものです。 実際に山野に自生しているものより、矮化しているように思います。そこの周辺に生えているヤマエンゴサクの写真を撮ってきたことがありますが、すべて小さいものばかりでした。これを肥培しても、大きさに変化はありません。環境に適応して、矮性がDNAに固定されてしまったのでしょうか。 芽を出したときから花がついていますが、それが大きくなり、色づいて、先端が口を開けたように花弁が開いて開花しました。 2012年 04月 05日
花首が折れて飛んで行ってしまった白花西洋オキナグサです。 ![]() 1週間前に、園芸店で1つだけ残っていたものを見つけ、買ってきたもの。 昨日の暴風雪を避けて、風当たりの弱いベランダに移しておいたのですが、風で細かく揺れているうちに折れて、飛ばされてしまったようです。 花が終わってタネができたら、それで殖やそうと思っていたのですが、残念なことになりました。この先、蕾が出てくるかどうか分かりませんが、活着して新しい葉も出はじめていますから、株を大きくするには花のないほうがいいのかもしれません。人為的に早く花を咲かせると、こういうことになるのですね。 人間万事塞翁が馬と言いますから、この花首の折れたオキナグサだって、どうなるか分かりません。運命の逆転は、どんなことにも起こりうるからです。 同じ西洋オキナグサでも、紫花とくらべて白花は弱いようです。以前にも実生で苗にしたものを拙庭の花壇に植えましたが、花を咲かせないうちに消えてしまいました。 オキナグサが本格的に出回るのはもう少し先ですが、こうなると赤花の西洋オキナグサにも食指が動いてきます。 2012年 03月 30日
朝の8時を過ぎると、曇っていた空はしだいに明るくなり、薄曇りになりました。いい具合に光が差し込んでいます。 拙庭に出ると、昨夕水を撒いたせいか、山野草が生き生きして見えます。 前回ものせたヤマエンゴサクの芽です。まるで朝露を得たように水玉がついています。 ![]() 前回の写真は、強い直射日光をやわらげようと、白いビニール傘をかざして撮ったものでした。光が拡散しすぎてメリハリのないぼけたような絵になりました。これは失敗写真。 2番目に芽を出したヤマエンゴサクです。緑がきれいなので、携行用の三脚を目いっぱい広げて雲台を何とか低い位置にもっていき、横から撮ってみました。 ![]() 実際に山野へ行って自生する山野草を撮ろうとすると、さまざまな悪条件を何とかクリアしなくてはなりません。自分の庭で、どんな角度からでも撮れるトレーニングをしておくと、山野草も少しは上手に撮れそうな気がします。そして、朝のやわらかい光を浴びているうちが、山野草の最も美しい姿ではないかと思うのです。 2012年 03月 29日
今日は全国的に晴れ上がり、春らしい陽気になりました。 拙庭の草花も、本格的な動きをしはじめています。 ヤマエンゴサクの新芽です。ほかにもうひとつ芽が出ています。 ![]() これは最初に芽の出たヤマエンゴサク。大きくなってきました。 ![]() 拙庭花壇のオキナグサです。これは2年もの。蕾は次々とあがってくるでしょう。 ![]() 去年実生で育てた1年もの。肥培すれば翌年には花をつけます。 ![]() 拙庭の花壇は、日本オキナグサと紫花西洋オキナグサが20株以上あって、これがメインになっています。 ヤマエンゴサクの写真を撮っているうちに、やはり今年もヒマラヤエンゴサクを買おうかという気持ちになってきました。 夏越しにはその都度失敗していますが、鉢植えで何とか夏を乗り切ることができますかどうか。 2012年 03月 26日
数日前にのせたエゾエンゴサクの写真は、ヤマエンゴサクの間違いでした。 エゾエンゴサクにしては葉が丸くないので、ひょっとしたらと思っていたら、すぐそばにまた同じような芽が出てきたので、ここにはヤマエンゴサクをならべていたことを思い出しました。自分の記憶はあてにならないと以前から思っていましたが、あてにならないレベルは以前より増しているように思います。 それならエゾエンゴサクはどうしたのでしょうか。もしかしたら球根が腐って消えてしまったのかもしれないと思い、慎重に土をどけていったら、ありました。芽はまだ土の中だったのです。去年は2月19日に芽の出ているのを見つけましたから、エゾエンゴサクのほうが先に芽を出すという先入観があったのですね。去年とくらべ、今年は1ヶ月以上も遅れています。やはり冬の寒さがこたえたのでしょう。いちはやく芽をだしたヤマエンゴサクは、それなりの事情というものがあったのでしょうか。 3月26日。青空で、時折雲がかかります。空気は冷たく風もあり、雪が飛んでいます。午後には吹雪のような雪が強風にのって荒れ狂いました。 ヤマエンゴサクの最初に出た芽は葉をひろげつつあります。蕾も確認できます。 ![]() 芽のクローズアップ。最初は莢のような芽が出てきて、それに包まれている茎葉がふくらんで外に出てきます。初めから蕾を用意しているのが分かります。 ![]() これからできるだけ毎日生長の様子を写真にして、ひそかに楽しもうと思います。 2012年 03月 24日
裏菜園の土を雨に晒そうと思い、ビニールシートを取り外しました。 土の中はどうなっているだろうかと、移植ゴテで軽く掘ったら、フトミミズの幼体が数匹出てきました。コテを挿してひと掘りしただけなのに何匹も出てきたのでびっくりし、ほかのところも掘ってみたら同じように数匹の幼体が出てきたので、これは菜園全体にこれだけの密度でフトミミズの幼体がいるのではないかと、想像してしまいました。この幼体がそのまま成体に生長していったなら、どんなことになってしまうのでしょう。 昨夕から予報どおりに雨になりましたが、夜には気温が急に低下して、雪に変わりました。朝には湿った重い雪が積もっていて、雪景色に。 シマミミズコンポストならば、十分なエサがあれば急激に個体数が増加していきます。しかし何らかの原因で、一部のシマミミズはコンポストから脱走して、新たな天地を求めて移動して行くことがあります。 私の裏菜園のように木枠で囲われた土の中では、いかにエサが豊富であろうと、殖えすぎたフトミミズは過密のストレスに耐えられず、別の場所を求めて移動して行くような気がします。 私のお隣の区画の仲間はまさにそれを期待しているのですが、それはおこぼれというもので、そうなるくらいフトミミズが殖えてくれたらうれしいことです。 一昨年はフトミミズの天敵であるコウガイビルを140匹以上退治しましたし、数えはしませんでしたが昨年でも100匹以上は軽く超えるくらい退治しています。これだけ駆除しても、やはり今年も100匹以上は退治しなくてはならないのかもしれません。徹底的にコウガイビルを駆除したおかげでこれだけのフトミミズが殖えてきたと考えることはできますが、フトミミズの増殖よりも、コウガイビルがこれだけ出現してくることのほうが、生態が分かっていないだけに、より不気味さを感じてしまいます。 さて、フトミミズの記事をネットで探していると、販売しているというサイトがありました。 10センチ以下のフトミミズは10匹で600円、それより大きなものは10匹で800円とありました。これは釣りエサにするものですが、そういう値段でも欲しい人はいるようです。 わが裏菜園にはどれだけの数がいるのか。その推計の仕方を考えてみました。 菜園の一角、30センチ四方の土を底まで掘り取って、その中にいる個体を数えます。仮に20匹いたとすれば、3枠の広さを計算して、1280匹になります。10匹いたとしても、640匹。これをとらぬ狸の皮算用というのですが、実際にそんなことをしなくても、やはり1000匹はいるのではないかと、つい思ってしまうのでした。 2012年 03月 23日
一昨日と昨日は、台風なみの暴風が吹き荒れました。 3月は荒天の日が多いのですが、最低気温はやっと氷点下を脱するようになり、今日の午前は薄曇りでおだやかな日和になりました。 バラの鉢の陰になっていて気付かなかった、エゾエンゴサクです。去年とくらべて1ヶ月ほど遅れているようです。 ![]() これはメルヘンケーニギンの新芽。葉を広げるのはもうすぐ。 ![]() オキナグサです。一昨年にタネ播きしたもので、去年は花をつけませんでしたが、今年は確実。 ![]() スイセンの蕾も上がってきました。 ![]() 写真を撮っていると、ウグイスの啼き声が聞こえました。初鳴です。平年の初鳴は3月9日ですが、去年は管区気象台の動物季節観測には記録されませんでした。 目が少しかゆく、クシャミが出ました。杉花粉も飛びはじめています。 夕方から明朝にかけて、本降りになりそうです。土が湿って、芽吹きがいっそう多くなるでしょう。 2012年 03月 17日
これはフトミミズの幼体です。もう2~3センチほどになっています。 ![]() 裏菜園の雪が消えた10日ほど前に、全体を切り返しました。 そのときにはまだ幼体を見つけることはできませんでしたが、切り返して透明のビニールをかけていましたから、日射しで一気に土の温度が上がり、表層部分にあった卵胞の孵化が始まったのでしょう。 自然界ではまだ孵化するような暖かさになっていませんから、まるでフトミミズの促成養殖をしているようなものです。 菜園の土の中にはシマミミズも多くいるのですが、これはエサが豊富にあると爆発的に増えていきます。寿命は数年ありますので、冬でもいなくなるということはありません。フトミミズは春に孵化して冬までに死んでしまいますので、時期はずれに孵化したものだけが土の中で冬越しすることになります。 シマミミズの1個の卵胞からは数匹の幼体が孵化してきますが、フトミミズはどうやら1個から1匹の孵化のようです。1匹の成体が短い生涯に何個の卵胞を産むのか、その研究成果に私はまだ接していませんから、その繁殖過程はよく分かりませんが、シマミミズとくらべてフトミミズの繁殖力はきわめて弱いということは言えると思います。 フトミミズの殖やし方について書かれたものはないようなので、私は試行錯誤しながら4年ほどかけて増殖の環境整備をしてみました。これがベストの方法ではないでしょうが、私なりのやり方でも、それなりに殖えてきているように思います。裏菜園には何匹ぐらいいるのか私には分かりませんが、恐くなるくらいの数になっているということはないでしょう。でも、来年は分かりません。今年孵化したものを大事にしていけば、かなりの数の卵胞を産んでくれそうな気がします。 相変わらずマイナーなものに夢中になっている私でありました。 2012年 03月 12日
12月にマンション裏の花壇に芽生えていたこぼれ種のムスクマロウを4号の育苗ポットに鉢あげしておりましたが、出窓に置いているうちにだいぶ生長してきました。草丈はもう30センチを超えています。 ![]() 用土は裏菜園の土だけで、ほとんどがフトミミズの糞。固形油粕を4個仕込んでおきました。時々土着菌培養液を薄めて潅注しています。 もう地植えにする適当な大きさを超えてしまっているのですが、今日は大雪という予報に反して晴れ上がりましたので、風が強い中、裏花壇に地植えしてしまいました。 裏花壇に芽を出している同じこぼれ種の2株は、ずっと雪をかぶっていましたので、まったく生長していません。雪が消えているうちにと思い、場所を変えて移動させました。 去年の夏に親株は巨大になって倒伏してしまいました。肥料が多いと徒長してしまう性質があるようですから、これにはあまり肥料をやらないほうがよさそうです。ピンク色の花を咲かせたムスクマロウは、どうしたわけか消えてしまいました。 タネを採って殖やそうという気持ちがまるでなかったので、こぼれ種で芽を出したのには少し驚きましたが、できれば今年はタネを採って発芽させ、ポット苗にして、欲しい人に差し上げてもいいかなと思っているところです。 さて、わが裏菜園の土も、やっと木枠の高さまで増えてきました。というよりも、落ち葉堆肥の分解が進み、盛り上がっていた土が木枠の高さにまで落ち着いてきたというところです。この先はもっと嵩が減っていきそうですから、この秋もまた落ち葉を集めてくることになりそうです。コンポスターの生ゴミ堆肥も2個分できますから、量としては十分すぎるほどになると思います。 エアハルト・ヘニッヒの『生きている土壌―腐植と熟土の生成と働き』によると、「腐植は、複雑に結合された有機態および無機態の転換物から、土壌の中に住んでいる微生物と小動物の生活活動によって生じてくる。腐植が生成するとき、特別な役割を果たしているのはミミズをはじめとする小動物である」と定義していますから、落ち葉堆肥や生ゴミ堆肥をさらに腐植に仕上げてくれるのは、最終的にはやはりフトミミズの働きによるのでしょう。今のところ落ち葉はまだ形をとどめた半熟の状態ですが、地温が上がってフトミミズが孵化し、この落ち葉を食べて団粒糞を排泄することで、腐植が生成されていくことになります。 この「腐植」というものは、炭素循環農法からすれば、微生物の食べ残し。堆肥同様にカスなのだそうです。この農法では、今現在生きている土壌中の生物量(バイオマス)こそが、養分供給力になるというのです。生きている土壌に対する考え方にも、上には上があるのですね。 ギル・エヴァンスがアレンジャーとして加わった名盤 THE REAL BIRTH OF THE COOL から Claude Thornhill & His Orchestra - Snowfall c/w There's A Small Hotel 2012年 03月 05日
今まさに消えようとする灯火が最後にぱっと燃え上がるように、冬の終わりを告げる大雪が、3月に入ってから2回も降り積もりました。これで終わりなのではなく、もう2回ぐらいありそうな気もします。 ![]() 今日はこの冬最大の積雪になりそうです。予報では7℃まで上がるというのですが、10時には何とか氷点下を脱しました。「冬将軍さま、もうごめんしてけろ」と、日本海側ばかりでなく太平洋側に住む人も言わずにいられないくらい、異常低温と大雪に耐え忍ぶ日々でありました。リビングルームの温度は15℃ほどで我慢してきましたが、これでも買った灯油はもう6缶目。何とかこれで終わりにしたいものです。 拙庭の鉢バラには3回も石灰硫黄合剤を塗布して殺菌し、数日前には20倍希釈の乳酸菌液を噴霧しておきました。冬のあいだの作業としてはこれで十分でしょうが、葉を広げてからも、まめにえひめAIか乳酸菌液を噴霧していく必要があります。 バラの芽はまだ冬芽のままで、固くちぢこまっています。朝に鉢土の様子を見るとガチガチに凍結していますから、これでは芽の動くのはまだまだ先の話。それでも拙庭の花壇の原種チューリップやスイセンの芽は伸び出しています。たくさん植え付けたオキナグサはまだ冬眠したまま。 2012年 02月 25日
昨日は8℃を超える暖かい日になりました。 気になっていた裏菜園の土を切り返しておこうと思い、真ん中の枠の土を掘り返しはじめました。 ここには中熟程度に分解した生ゴミ堆肥をコンポスターで2つ分投入しておいたのですが、そこにはシマミミズがたくさん群がっています。白いヒメミミズが塊になって群がっている部分もあって、それを砕きながら切り返していきました。 枠の端の部分と、通路側の陽のあたらないところはまだ凍結したままでしたが、ツルハシで砕くまでもないと思い、ざっと切り返しを終えてから、透明の園芸用ビニールをかけておきました。日射しさえあれば、土は温まって凍っている部分もすぐに解けていくはずです。 土を切り返していくと、あの生ゴミ堆肥とシマミミズ特有のイヤな臭いがします。嫌気性の臭いですね。炭循農法で言えば、まさに腐敗している土です。コンポスターでの熟成の仕方にも工夫の余地がありますので、今年はしっかりと土を混ぜ込んで発酵させ、菜園に入れるときにはもっと良質な堆肥にしておこうと思います。 切り返しをして空気を入れ、太陽光で土を温め、乳酸菌液や土着菌培養液を入れていけば好気性の微生物が殖えていくでしょう。 この真ん中の枠には生ゴミ堆肥だけを入れ、落ち葉は左右の枠に仕込みました。2週間以内にこの真ん中の土と両脇の枠の土を混ぜ込み、生ゴミ堆肥の土と落ち葉堆肥の土をほぼ均等にして、透明ビニールで覆って最終段階の発酵に移行します。 この透明ビニールで土は温かくなるのですが、その熱がどの程度の深さまで届いていくのか分かりませんので、時々は土を浅く切り返して熱を下の方まで持っていく必要はありそうです。 土が温かくなると、フトミミズの卵胞が孵化してきます。去年の秋にはたくさんの球形の卵胞を見つけましたから、今年は期待できるかもしれません。 ![]() さて、昨日とは一変して、今日は大雪になりました。湿った重たい雪です。 この時期に南岸低気圧が通過すると、仙台では大雪になります。 3月4月には平年並みか平年より暖かくなるという長期予報が出されました。私はネにもつタイプですから、もとより信用していませんが、そうなってほしいと思います。 2012年 02月 24日
本場四川ほどではありませんが、私のつくる麻婆豆腐も辛い方だと思います。 ![]() 辛くするには豆板醤を多めにしたり、唐辛子を加えたりすればいいのですが、食べるときには花椒(ホワジャ)を必ずペッパーミルで挽いてかけます。 最初は陳建民の作り方をなぞっていましたが、そのうち自己流になりました。 豆腐は絹ごしを使います。豆鼓を刻むことを忘れてはいけません。「麻婆豆腐の素」などもってのほか。挽肉は豚肉よりも合い挽きの方がコクが出ると思います。 私がどういうふうに作っているのか、家人はいまだに見ようともしません。 昔、私が単身赴任から帰ったときに家族に作って食べさせたことがありました。子ども達にも辛くておいしいと好評で、私がいないときに子ども達のリクエストで家人が作ったところ、豆腐がグチャグチャになっておいしくなかったそうです。 中華鍋は33センチの両手鍋です。これを作るときには、鉄板を何枚か重ねて機械で叩きながら湾曲させていくのですが、上の鉄板ほど薄くなるので、叩いたときの槌目のはっきりついている鍋をさがして横浜中華街や合羽橋を歩きまわったことがありました。薄いほどよく熱が通って、仕上がりがよくなるのです。 チャーハンなどは鍋返しのテクニックが味に大きく影響します。単身赴任中にその練習をしていて、手首を痛めたことがありました。 自分のつくったものを自分が食べる。これは当たり前のようですが、さにあらず。つくってくれる人がいて、食べてくれる人がいる。これが、社会生活をする人間の食事なのです。 2012年 02月 21日
出窓に置いているロロロッサです。 ![]() ベビーリーフとして裏菜園にタネ播きしていたものですが、冬のあいだに副菜として食べようかと思い、4号の育苗ポットにその菜園の土を入れ、タネを埋めました。 30センチほども葉がひろがって、下の葉が大きく外に垂れてきましたので、順番に切って食卓にのせています。葉が大きいので2枚もあれば十分。こうなるともうベビーリーフではなく、結球しないレタスそのものです。この冬は葉物野菜が高騰しましたから、たった1株ですが、重宝しています。 家人が娘の出産で川崎市に行ってからもう2週間。毎日のまかないにも慣れ、できるだけ時間をかけずに食事の支度をしています。困ったのは、洗い物をするので指先の角質層が割れ、痛いことです。まめにクリームを塗っていたら、何とかよくなってきました。 洗濯は震災前に買っていた全自動洗濯機で。風呂の残り湯を入れたらあとはすべておまかせ。つい、学生時代のオンボロ下宿での洗濯を思い出してしまいました。チョロチョロとしか出てこない水をタライにためて、手で揉むように洗っていたのです。何事につけ昔を思い出して比較してしまうのは、これは老人の悪い癖。 今日は天気がよかったので、バラの3回目の消毒をし、減った鉢土を足しました。あとは最終の剪定をして、春の準備です。 見れば、裏菜園に日射しがあたるようになり、雪も消えてきました。そろそろ切り返しをしなくては。 ![]() 2012年 02月 20日
毎日の最低気温はマイナス5℃ほど。日中もやっと氷点下を脱する程度。 そんな寒い日が続いていても、発酵肥料は乾燥して、しだいに白化が進んできました。 ![]() 今日はもう頃合いだと判断し、土嚢袋に移し替えるべく、肥料を山にしました。塊がゴロゴロしています。 ![]() 土嚢袋に3つ。それぞれには、船形山から採取してきたカラカラに乾いた土着菌ハンペンを上のほうに混ぜ込みました。そのうちに放線菌が殖えていくのでしょうか。袋に詰めたら、甘いような匂いはほとんどしなくなりました。 ![]() とりあえずこの袋をベランダに保管しておきます。今年はケチケチ使って、来年も使えるようにしたいと思います。毎年つくるのは大変です。 それにしても、去年つくった発酵肥料は悪夢のようでした。強烈な臭いがいつまでも消えず、マンションの住民から苦情があったほどです。ゆめゆめカニガラなどを加えてはいけません。 2012年 02月 18日
映画館に行くこともなくなり、レンタルビデオも会員の更新をするだけになったのは、もう完全な老化を意味するのでしょうか。 たまにテレビで見るのはB級SF映画ぐらいのものですが、昨日は『アバター』を見てしまいました。冒頭の部分はホウレン草を茹でていて見逃しましたが、いつもはとっくに就寝している時間帯の最後まで見てしまいました。 キャメロン監督の意図したテーマは環境問題にあるらしいのですが、私はさまざまなモチーフが盛り込まれているのを見て取りました。 まず、異星の先住民であるアバターは、高度な宗教を持っていたアメリカの先住民である赤色インディアンの投影であると思いました。それは、蛮族イギリス人が、先住民を虐殺しながら土地を奪い、駆逐して行ったことに重なります。アメリカ人のキャメロン監督には、インディアンに対する贖罪の意識があると思ったくらいでした。 次は、「引退と復帰」というモチーフです。 アバターに生命を移し替える主人公は、時々人間に戻りながら、またアバターになるのですが、アバターに対する尊崇の念がしだいに強まっていき、最後にアバターに戻るとき、世界を変革した創造的少数者であるシーザーやマホメット、仏陀などのように、引退の中でたどり着いた決然たる意志決定を行って、救世主としてアバターの世界に「復帰」するのです。それが、巨大な怪鳥にまたがってアバターたちの中に舞い降りるという、劇的なシーンでした。 そうして民族を結集し、ゴリアテのように重火器で武装した人間の襲来に、ダビデの投石器のように弓矢で立ち向かうのです。聖書にある「ダビデとゴリアテの戦い」のモチーフは、歴史上しばしば再現され、ベトナム戦争でもこのモチーフそのままに、米国は敗北することになったのでした。 資源の豊富な異星を侵略する海兵隊上がりの指揮官はアバターを野蛮人と呼んでいましたが、ヨーロッパ蛮族が世界中に植民地を求めて侵略していった歴史に思いがおよび、思わず私は、あの歴史家の書いたことを想起してしまいました。 「文明」と「野蛮」との間の戦いの歴史は、定着社会と遊牧民との間の戦いの歴史と同じく、殆どもっぱら、争いの当事者の一方の側だけの所属者によって書かれたということを、常に記憶しなければならない。・・・・無防備の文明の美しい領土のなかに野蛮な戦火と殺戮を持ち込む外的プロレタリアートの姿は、初めから、客観的な事実の記述ではなくて、以前に自分のしかけた攻撃によってやがて招くようになった反撃の的にされたことに対する「文明」側の憤りの表現らしく思われる。野蛮人の敵の筆によって起草された野蛮人に対する告訴状は、19世紀のフランス人の機知によって暴露された次の単純なテーマの、やや手のこんだ変奏曲にほかならない。 この動物は非常にたちが悪い。 攻撃すると抵抗する。 2012年 02月 16日
酵母菌による発酵肥料の白化が順調に進んでいます。攪拌してもすぐに白くなるので、驚くほどです。 この白化を普通のレンズで撮ってもおもしろくないので、鉢皿に盛って空気にさらし、白くなったところを90ミリマクロで撮ってみました。 小さな塊にできた酵母菌です。 ![]() 肥料の細かい粒々にできた酵母菌です。こういう状態になって、全体が白化してくるのですね。 ![]() 酵母菌の塊に包まれているのは、何なのでしょうか。 ![]() ずっと甘いような匂いが漂っています。日中は3℃ほどの気温でしたが、寒さに関係なく酵母菌は増殖しています。 この酵母菌は、ブドウと柿とリンゴの皮から培養したものです。 |
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