「思いやり予算」こそ

国の事業仕分けが大きく話題になっている。
蓮舫議員のたたみかけるような質問は、反発を招きながらも、ある種の爽快さを感じる場面もある。しかし、自分のその映像を見て反省したのか、その後はやや穏やかな物の言い方に変化してきている。
国の事業はたくさんあって、今回はそのうちのほんのわずかの事業を仕分けするだけであるが、限られた時間のなかでの作業であるだけに、単なるパフォーマンスであるという批判は、ある意味で免れることができない面もある。
この先、こうした仕分け作業を何年もかけて継続的に行い、天下り先の統廃合を進めて税金の無駄遣いを減らしてもらいたいと、納税金額の少ない私でも思うのである。

公開の中での仕分け作業は、政権与党の一種のプロパガンダでもあると私は思っている。今後も公開していくのかどうか知らないが、できる限り公開を原則にして政治を行っていくというのは、民主党の党是でもある。
この公開仕分け作業について、自民党の谷垣総裁や元財務相の伊吹氏らは、「公開処刑だ」、「怨嗟の声」、「居丈高だ」と批判しているようだが、これは、敵のプロパガンダに対抗した「カウンタープロパガンダ」とも言うべきものである。報道されることはあっても、如何せん、権力を持っていない野党の声は弱々しい。

仕分け対象事業のうちで、本当に何とかしてもらいたいのは、駐留米軍に対する「思いやり予算」というものだ。
これはなにも日米安保条約で決まっているものではなく、当時の防衛庁長官だった金丸信が発案して1978年から始まったものだ。当初は62億円だったものが、今では毎年2000億円を超える予算が計上されているのである。

1945年の敗戦でアメリカ軍は日本に駐留したが、アメリカで中産階級の生活を送っていた将校と文官は、日本から接収した上流階級の家屋に住んだ。そして、アメリカ流の生活環境を整えるためのリフォームやプールつきの庭にするための費用はすべて日本政府が負担したばかりでなく、何人もかかえた使用人の給料まで負担していた(させられていた)のである。賠償という側面はあるにしても、日本政府は飢えた国民を救う努力を怠り、アメリカ軍の生活を思いやったのである。このことを、ジョン・ダワーは『敗北を抱きしめて』で、批判的に記述している。

その当時の屈辱的な記憶がどう美化されて「思いやり予算」の発案に結びついたのか知らないが、私には、その征服者に対する屈辱的な記憶が、ドル通貨の下落と日本の高度経済成長によって、おかしな方向に変質したとしか思われない。その背景には、当時の政権党の、被占領国特有の隷従的トラウマがあるのではないかと私には思われてならないのである。「思いやり予算」の使われ方は、敗戦当時の占領軍に対する駐留費用負担を思い起こさせるのである。
2000億円は巨額である。仕分け作業の最優先見直し事業として、アメリカとの摩擦や抵抗に怖じ気づくことなく、蛮勇をふるって削減する方針を打ち立ててもらいたいと思うのである。
Commented by sakae at 2009-11-14 21:43 x
これはねぇ難しいよねぇ。
むかーし橋本大臣がこれなどを削除しようとして失脚した経歴あるからねぇ。
Commented by 一拙 at 2009-11-15 09:32 x
それは知りませんでした。
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by 130atm | 2009-11-14 11:48 | 日常雑感 | Comments(2)

民草のつぶやき


by 一拙
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