蝴蝶の夢

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2007年 08月 14日

教えられなかった歴史

去年は入院で行けなかったが、毎年8月13日には郷里の秋田県大館市に帰って墓参りする。車で往復600キロを走るわが家の最大のイベントである。日帰りだから、何よりも事故を起こさないように気をつけているが、高速道路には必ず乱暴な車がいて、何度かヒヤリとさせられる。

墓のあるお寺のお盆法要に参加しているとき、本堂に募金箱が置いてあるのに気づいた。事件を風化させないための「花岡記念館」設立のための募金で、趣意書が張られてあった。私はここの出身であるから、当然のように心ばかりのお金を協力させてもらった。

花岡事件」というものがあったのを初めて知ったのは私が大学生になってからで、それも雑誌に載せられた記事からであった。4歳から高校生時代までここで育ったが、誰からも「花岡事件」のことは教えられなかった。花岡鉱山で働く親を持つ同級生の親友もいたが、この事件のことは聞かされたことがない。

日中戦争当時、日本国内の労働力不足を補うため、朝鮮や中国から大量の捕虜と民衆を強制連行してきて炭坑や鉱山で使役した。狭い船倉に多数押し込められ、家畜以下の扱いにより、日本に着くまでにたくさんの死者が出たという。
大館市の花岡鉱山では、鹿島組(現「鹿島建設」)の下で986人の中国人が働かされていた。昭和20年6月30日夜、非人道的な待遇に耐えきれず、中国人労働者700人が蜂起したが、無残にも鎮圧され、3日間で130人余りが虐待の末、殺されたのである。昭和19年の8月から終戦の年の11月までに死亡した中国人労働者は400人以上になる。この悲惨な出来事が「花岡事件」と呼ばれているものだ。

脱走した中国人労働者の山狩りに駆り出されたのが大館市民であった。そうして捕まえた中国人に市民は暴行を加えたのである。そうした加害者である大館市民にとっては思い出したくない事件であった。そういう事件を教えてくれる学校の教師が誰一人いなかったというのも、分からないではない。学校での歴史教育はせいぜい日清日露戦争あたりまでのことで、いつも授業時間が足りなくてアジア太平洋戦争まで進むことなく終わっていたということもあるだろう。
大人がものを知らないというのはその大人自身の責任であるが、子どもが知らないというのは教育の責任である。地元の学校ならば、せめて高校生には教えておくべき重大な歴史であると私は思うのである。

なだいなだ氏の書いたものによれば、朝鮮や中国から民衆を強制連行して日本で働かせたのはもちろん日本の国策であったが、それを強力に推し進めた中心人物が、当時の商工大臣である岸信介であった。日米開戦の詔書に署名した戦争責任を云々するばかりでなく、こうした過去をはっきりさせておくことも大事なのである。

祖父のこの過去の責任を認識しているのかどうか知らないが、皮肉なことに、安倍晋三は北朝鮮による日本人拉致の解決策が見いだせないことに苦しんでいる。北朝鮮が、「占領時代に日本人が大量の朝鮮人を強制連行したことに比べたら些細なことだ」と言ってのけるのも、それは祖父のしたことが歴史的に尾を引いて、孫を苦しめているということなのである。

by 130atm | 2007-08-14 11:52 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
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Commented by sakae at 2007-08-16 00:22 x
墓参り600キロっすか?
本当にイベントですね。

歴史は真実を知るのは難しいです。
Commented by 一拙 at 2007-08-16 21:54 x
秋田に帰っても暑かった。^^;
昨日は仙台でも暑さの新記録でしたが、他所の記録に負けて霞んでしまいました。
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