深刻ぶるということ

悲惨な事件のニュースで、胸がふさがる思いである。秋葉原の連続殺傷事件のことだ。
私も何度か行ったことはあるが、今のようにコスプレだの路上パフォーマンスだのというのはまだなかった時代である。

格差社会が叫ばれ、非正規雇用の問題が論壇を賑わせていたころ、こうした事件が多発するようになるというのは幾人もが予想していたことである。格差の壁を突き破ることができず、将来にも希望が見いだせなくなったとき、自暴自棄になった若者のとる行動は、自殺か殺人という絶望的な選択になるだろうと指摘されていた。

もちろん、そうした素質を持っている人間が、そうした絶望的な状況に置かれて、そこから抜け出ることができなくなった段階で自暴自棄となり、世の中から消えてしまいたいという願望が、自殺か他殺による死刑という手段で達成されるのだろうと、素人なりに想像してみるばかりだ。

犯罪を犯す人間に、想像力が足りないなどとコメントしても詮ないことであるのは、ずっと昔『淮南子』にも書かれていたことである。ある男が、大勢の人間のいる市場で、ある人の財布を強奪した。この男はすぐに周りの人々に取り押さえられてしまったが、あとでその男にどうしてこんなに人がいるところで盗みをはたらいたのか訊いたら、その男は目が財布に釘付けになり、それを強奪することだけに心が奪われ、周囲に大勢の人がいるということに思いが及ばなかったというのである。
秋葉原で人を刺した男は、刺された人間の人生やその家族、あるいは自分の家族がどうなるかといったことには、まったく想像が及ばなかったのだ。たくさんの人間を殺し、自分が死刑になってこの世から抹消されてしまうことだけしか頭になかった、と想像されるのである。

刺されて倒れた人をオタクと呼ばれている人たちが介抱していたというやや感動的な話に付随して、ただ写真を撮っているだけの人もいた、という話を非難がましくテレビのコメンテーターが言っていたのを聞いて、これには少しひっかかるものを感じた。
というのは、このコメントを額面通り受け取っていいものかどうか、疑問に思ったからである。
とっさの状況判断というものがあって、その人の立っている位置によって、ただちに駆けつけて止血するなどの応急措置をとれる人もいるだろうし、どうしていいか分からず茫然自失している人というのもいるだろう。あるいは、すでに倒れた人を介抱している人がいて、自分が出て行くまでもないという判断をして写真を撮り始めたという人も、あるいはいたのかもしれないからである。

自分がそこに居合わせたらどうなるか。刺された直後ならば、きっと駆けつけて、何かできることはないか模索するだろうと想像する。また、すでに救急隊員が何らかの処置を施しているところであるならば、遠巻きにして見ていたかもしれない。あるいは自分が報道関係の仕事をしているのであれば、自分が介抱する必要のない状況のもとでは写真を撮るだろうと思うのである。
だから、上記のコメンテーターの頭の中は、ある種の日本的な精神的風土に支配されているようにも思われる。それは、「日本という精神的風土では、深刻なことがすべて深刻ぶるというポーズの次元に引き下げられ、まじめな問題がまじめくさる態度に引き下げられる傾向がある」(『中野好夫氏を語る』)という丸山眞男の言葉を思い出したからだ。

それに関連するものに、山本七平の『空気の研究』がある。日本人は、その場その時の空気に支配されやすいという特性を持っているという指摘は、このコメンテーターにもあてはまるだろう。「KY(空気が読めない)」という流行語は、この日本人特有の精神的風土を象徴しているが、これも日本人の「大勢順応主義」の裏表であると言うことができる。
閉ざされた社会や組織の中で、その場の空気に従わないとどういうことになるか。真っ当な論理が通らなくなるばかりでなく、少数者の意見が無視されるだけならまだしも、場合によれば制裁という事態にもなりかねない。これが日本社会に深く根を張っている「ムラ社会」の深層心理なのである。
そういう精神的風土が極端になった場合はどういうことになるのか。それは昭和の歴史が証明している。

ニュースキャスターの古舘伊知郎氏が、国会での重要な審議の前に自民党の議員が談笑していたのを見て「談笑しているような場合ではない」と非難したことに対して、自民党の議員が抗議したという話を聞いた。自民党の議員も大人げないと思うが、古舘氏の頭の中は、深刻な事態のときには深刻ぶるポーズをとるべきなのではないかという日本人特有の精神的風土に支配されているにちがいないと、私は思うのである。

開きはじめたマイダス・タッチ。
深刻ぶるということ_f0086944_10475283.jpg

Commented by sakae at 2008-06-12 02:45 x
山吹色の憎い薔薇!
Commented by 一拙 at 2008-06-12 11:00 x
この花はダブルセンターになっています。
案外むずかしいバラなのかも。
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by 130atm | 2008-06-11 09:44 | 日常雑感 | Comments(2)

民草のつぶやき


by 一拙
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