蝴蝶の夢

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カテゴリ:日常雑感( 137 )


2018年 10月 11日

スポーツ用メガネを使ってみたら


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9年も使っているメガネのレンズを新しくすることにした。
ガラスのレンズだったが、擦り傷がたくさんついていて、本を読むにもパソコンを見るにも支障が出ていた。
最初は緑内障のせいかと思っていたが、そうではなく、ただレンズの擦り傷が見えにくくしていたのだった。
本を読んでいても、文字がかすんだりぼやけたりして、読むのが辛い。当然読書量が落ちる。

ここ10年ほど視力は変化していないが、近視で老眼だから、目の筋肉が固まっていて、遠近の調節ができない。近いものはメガネを外して見ることになる。
メガネは汎用に使用していて、これで本もパソコンもテレビも見ている。だから遠くのものはハッキリと見えない。高速道路など長距離運転をするときには度数の強い別のメガネを使うが、近場を運転するにはこのメガネで不自由はない。

あるとき、Excelの罫線が歪んでいることに気がついてびっくりした。右目で見たときが歪んでいる。乱視になったのは、これも老化現象なのだろうか。メガネ店でメガネのレンズを替えるときに調べてもらったら、レンズで矯正するほどのものではないという。

この汎用のメガネをかけてジョギングをしていると、汗をかいてもかかなくてもメガネがずり落ちてくる。これが煩わしい。
どうしたものかと考えていたが、レンズを交換するのを機会に、スポーツ用のメガネを新調したらどうだろうと思いついた。
ネットで見ると、スポーツ用メガネフレームだけの通販もある。このフレームにプラスチックのレンズを嵌めたら、軽くて具合がいいのではないか。

レンズを買い替えるときに、ネットで購入できるNIKEのスポーツ用のフレームに軽いプラスチックのレンズを嵌めてもらえるか相談したら、フレームの品番を確認して本店に問い合わせたところ、それは可能だという。そこのメガネ店でもNIKEのフレームを取り寄せることはできるが、ネットのほうがずっと安いので、プラのレンズだけ嵌めてもらうことにした。それが写真のメガネ。レンズの度数も汎用のものと同じにしている。

このスポーツ用メガネは、鼻にかかるパッドがギザギザのついたゴム。耳にかかるテンプル(つる)が滑りにくい素材で、その先に細かい凹凸がついている。つまり、スポーツ用のメガネというのは、汗をかいても滑りにくい作りになっているのだ。テンプルの色は派手なものもあるが、これは最も地味な色のものなので、私向き。

今はヨタヨタと短い距離を走る程度のレベルだから、何もスポーツ用のメガネを誂えるほどのこともないのだが、これをかけたら、一度もずり落ちることなく走り終えることができた。フルマラソンを走っている頃には、スポーツ用メガネを使用するなどという発想はまったくなかった。そもそも、20年前にそういうスポーツ用メガネはあったのだろうか。
年齢相応に地味な恰好で走るのもひとつの行き方だが、形から入る私の性格としては、こういうもので走る意欲をかきたてることも悪くないだろう。
因みに重さを量ったら、21グラムあった。ついでに汎用メガネの重さを量ったら19グラム。今まで軽いメガネをかけていたんだね。


私事になるが、今年は冬から体調が思わしくなかった。
2月ごろから座骨神経痛らしい症状が現れ、左太腿裏のハムストリングの肉離れを起こした。整骨院に通ったが治療経過芳しからず、8月からは整形外科で治療をはじめた。心配だったのは座骨神経痛で、念のためにMRIを撮ったら、腰の骨と神経に異常はなく、ヘルニア等の兆候はないという。そこで腰の牽引とマッサージ、痛み止めの飲み薬と湿布で治療していたら、座骨神経痛の症状は出なくなって、肉離れも徐々によくなってきた。そうして札幌に行って来たら、こんどは軽いぎっくり腰を発症。それも1週間ほどでほとんど快癒した。

70歳を迎えると、以前にも増してあちこちに不具合が生じてくる。そろそろ死に時だぞ、という声だ。認知症気味のヨボヨボの老人になるのか、あるいはしっかりした元気な老人でいられるのか、今が分かれ目。


by 130atm | 2018-10-11 14:15 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2018年 09月 06日

災害とワタリガニ


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午前3時過ぎには仙台でも地震を感じたというが、寝ていた私はそれに気づかなかった。
起床してテレビをつけたら、北海道の地震で大騒ぎになっていた。
全道で停電というのは、かつてなかったことではないか。7年前のあの大震災を思い出させた。
今や日本のどこでも、いつ大災害が襲ってくるか分からない。こんなことになろうとは考えたこともなかった、と言っている被災者がいた。もう、大災害は他人事ではなくなっている。いつ自分が被災者になるか、予想できない。

そうした今日、家人と仙台朝市に行ってきた。
安いサンマを狙っていたが、サンマは品が少なく、価格も高騰していた。台風21号の影響で、北海道ではサンマの漁に出られなかったのだろう。それに加えて大地震だから、サンマどころではなくなっているだろう。

東日本大震災の津波の影響で、宮城県の海の底が変わった。堆積した泥がワタリガニの繁殖を助長して、今や日本一の漁獲量だという。仙台朝市やスーパーにも、たくさんのワタリガニが出回っている。
今まで、私はワタリガニを食べた記憶がない。関西に14年住んでいたが、食べる機会はなかった。豊漁だというから、そのうちに食べようと思っていたけれど、食べたことがないというのは、二の足を踏ませるものである。店頭でワタリガニを見るたびに、そのうちそのうちと思い、なかなか決断できなかった。
アテにしていたサンマがないので、ついに決断して購入してみた。

写真のカニはオス。オスだから安い。1匹で500グラムほどある。デパートでは1匹500円で売っているそうだが、仙台朝市では、これが2匹で600円だった。
これをさばいて味噌汁にした。いいだしが出て、それなりにおいしかったが、如何せん、身が少ない。食べでが無いというか、カニを食べたという実感がない。こんなものなのか。
家人は北海道出身だし、私は秋田県出身だから、毛蟹になじみがある。毛蟹の身の充実感にくらべたら、ワタリガニは何とも貧相だ。しかし、ワタリガニとはそうしたものなのだろう。北の人間は毛蟹を食べ、西の人間はワタリガニを食べる。それだけのこと。くらべるものではない。

台風21号は去った。北海道の停電も、数日で復旧するだろう。そうしたら、また安いサンマが大量に届く。届いてほしいと思う。
今度はサンマの南蛮漬けをつくろう。もっともっと佃煮もつくろう。

今月23日には、法事で家人と札幌に行くことになっている。そのころには、空路も鉄道も完全復旧していてほしいと思っている。


by 130atm | 2018-09-06 21:58 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2018年 02月 10日

生長とともに


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孫の以前の写真が見たくなって、HDに入れてあったはずの写真をさがしても、見たい写真が見つからない。
仙台に来たときに撮ったものを記録しているDVD-RWをさがしてみたら、それが見つかった。しかし、そのDVD-RWは壊れていて修復が必要だという表示が出た。ひとつひとつファイルを見ていくと、同じ写真がいくつも出てくる。以前にも安物のSDカードをカメラに入れていたら、撮ったばかりの写真と同じものがたくさん記録されていて、往生したことがある。大事なものは、外付けのHDに記録しておくほうが安心のようだ。

写真は孫が2歳のときのもの。今はもう9歳になって、身長ものび、顔も長くなっている。孫娘もそうだが、赤ん坊のとき、歩き出したとき、そして現在の顔がまったくちがう。年ごとに、母親に似ていた顔がだんだんと父親似になってくる。そのうちまた母親に似てくるのだろうか。
小さいときからほとんど顔かたちがちがわない人と、どんどん変化していく人がいるようだ。子どものときには可愛かったのに、少年になり、青年になって、やがてヒゲを生やしたオッサンになっていくのである。

私は小さいときからひねた子どもであったから、可愛いと言われた記憶がない。言うことが子どもらしくないとよく言われた。前世の業を背負っていたのだろうか。


by 130atm | 2018-02-10 11:04 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2018年 02月 08日

春遠し


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マンション裏の菜園にはまだ雪が残っている。今日も一時的に吹雪状態になった。
中央枠のブルーシートに積もった雪は昨日取り除いたが、そのシートの下の落葉堆肥はまだガチガチに凍っている。この状態では月1回の切り返しができない。
それでも、今は昼ごろから太陽光が擁壁にあたるようになったので、コンクリが温まって、接している土のところから雪が融け始めている。

福井方面の大雪は想像を絶するもので、物流が止まってコンビニやスーパーに食料品が届かないところがあるという。これは東日本大震災直後を想起させる。青森県などは大雪に備えて大規模な除雪態勢を整えているが、福井県ではその備えが脆弱だったのだろうか。
以前に仕事で青森市のホテルに泊まったとき、夜から大雪になった。翌朝には雪が止んだけれど、駐車場のクルマがどうなっているのか心配だったが、もうすでに雪はきれいに取り除かれていた。ホテルの人が早朝から総出で除雪したのである。どこの宿泊施設もそうだろうと思うが、それはいわば危機管理ができているということなのである。

寒さはまだつづくそうだが、太陽がだんだんと高くなり、日照も強くなってきている。わが菜園はマンションの擁壁とバス通り側の擁壁に挟まれた窪地なので、ここに来ると空気がひんやりと冷たいが、いずれここにも太陽光があたるようになる。それまでもうしばらく冬眠状態だ。


by 130atm | 2018-02-08 13:19 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2017年 12月 01日

温かくして走ろう


11月は、ジョギングのできた日は17日だけだった。13日はずるけていたことになる。天候にもよるし、意欲が湧かないということもあった。目標を設定していたわけではないけれど、これではいけない。
トータルの走行距離は92.5キロ。12月の目標は、距離ではなく、走る日数を25日に設定することにした。できれば150キロ走りたいが、これはかなりきつい。

寒い季節に問題になるのは、アンダーシャツである。保温と吸湿性にすぐれていないと、風邪をひきかねない。
ちゃんとした冬用のアンダーシャツは持っていなかったのでネット通販で購入した。ところが、これが汗を吸わない。吸湿性を謳っていたが、嘘っぱちだった。出た汗が冷たくなって、危うく風邪をひきそうになった。
そこで別のところから2000円もするものを購入したが、これを手に取るなり、失敗したと思った。着用すると冷たいし、走っていると、吸った汗で生地が肌にべったりとひっついて、不快きわまりなかった。謳い文句は嘘ではないのだろうが、これはもう使用できない。
これらは知られていないメーカーのもので、ネットの写真では生地がどんなものか確認できないし、むろん肌触りなど分かりようもない。有名メーカーのアンダーシャツは5000円もするので、そんな高価なものは買えない。そこで、ロングスリーブのランニングシャツをアンダーシャツ代わりにして走ったら、こちらのほうがずっと快適だった。

アンダーシャツは、手にとって確認できなければ買うものではない。
ということで、クルマを走らせ、大きなスポーツ用品店に行った。
そこには、たくさん種類があるわけではなかったけれど、肌触りのよい、発熱する生地で吸湿性のあるものがあった。1着3999円だが、2枚買うと5999円だという。
それを色ちがいで2枚買い、早速着用して6キロを走ってみた。気温は6℃。弱い風が吹いている。
走っていると、確かに温かい気がする。汗を吸った生地が肌にぴったりくっついているけれど、不快な感じはなかった。これで何とか寒い冬を乗り切ることができそうだ。

今までは薄手のウィンドブレーカーを着ていたが、ここまで気温が低下してくると、中厚手のものを着用して走ることになる。手袋も薄手の軍手からフリースの手袋に変えた。
12月の長期予報では、平年よりも寒い日が多くなるという。今も年末から年始にかけての気温だというが、北海道に比べたらずっと暖かいのである。雪が積もったり路面が凍結したりすれば走るのも危険だが、仙台ではめったにそういうことはない。

以前は心房細動不整脈や下肢静脈瘤でウォーキングもままならなかった。それが今では、ゆっくりではあるが、途中でへたばることなく走り切ることができるようになった。ありがたいことだと思っている。


by 130atm | 2017-12-01 22:14 | 日常雑感 | Trackback | Comments(4)
2017年 09月 25日

まずは歩こう


厚生労働省の調査で、糖尿病が強く疑われる人がおよそ1000万人に上ると推計されるという。
自分の身の回りにも、糖尿病だという人は何人もいる。生活習慣とは関係なく、遺伝で糖尿病になっている人もいる。飲酒、喫煙、肥満、運動不足。特に運動する習慣を持たない人は要注意だという。

7月に心臓の不整脈が再発してから、ほぼ1ヶ月間、ジョギングはもちろんウォーキングや筋トレも自粛して、ひたすら心臓が落ち着くのを待った。
幸いにしてだんだんと脈が正常になり、心房細動不整脈の再発ではないことが分かった。
寝ているときも、安静にしているときも、脈拍はほぼ規則的になっている。起床して間もないときや、食事の後、身体を動かしたあとなどには若干乱れるけれど、すぐに落ち着くようになった。

体調がよくなってくると、まずは衰えた体力を取り戻そうと考えた。最初にはじめるのは、やはりウォーキングである。平坦でないコース(私の住む地域には平坦な道はない)を5キロ、しばらく早足で歩くようにした。それにも慣れると、少しずつゆっくりとしたジョギングをはさむようにした。そうして徐々にジョギングの距離をのばし、もうじき5キロをジョギングで走り通す目途もついてきた。
心臓が健康であれば、苦しさを押して自分を追い込んでいくこともできる。しかし、無理をして心臓の鼓動が狂ったようになる経験をしているから、体調がいいからといって、調子に乗って強度を一気にあげるのは危ない。何事も、調子に乗るのは失敗の元だ。

不整脈になる以前には、この5キロのコースを少し延長した6キロを、ジョギングだけで走り通していた。もう古稀なのだから、若いときのように10キロや20キロを平気で走る体力も気力もなくなっている。しかし、この歳になっても、6キロぐらいは走り切りたいと思う。6キロが苦しくなくなったら、少しずつ距離をのばして、時には10キロを走れるだけの体力を身につけたい。
クルマを走らせていると、私より年上の人(に見える)が走っているのをよく見かける。すると、負けていられない、という気持ちがわき上がる。つまり、走るということは、自分のためばかりではないということなのだ。

心臓病になってから蓄積した脂肪がまだ落ちない。これが全部落ちて筋肉質になっても、体重はそれほど減らない。脂肪は軽く、筋肉は重いからだ。私が最もスリムだったときでも、65キロだった。今はほぼ67キロ。いかに筋肉が落ちているかが判る。ジョギングのほかにも無理をしない程度に筋トレを実施しているが、心臓がビックリしない程度に少しずつ少しずつ負荷を増やしていけば、いずれイメージに近い体型になっていくものと考えている。


by 130atm | 2017-09-25 09:21 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2016年 08月 17日

様変わり


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私が高校生まで生活していた家は、小学2年のときの大火で焼け出された人のために建てられた公営住宅だった。
それは、山に近い市内のはずれで、畑をつぶしてつくった住宅地だった。だから、周囲は畑と田圃だけの田園地帯であった。

あれから数十年。公営住宅は払い下げられ、建て替えがすすんで、周囲の風景も一変した。
私が遊んだオキナグサも咲いていた田園は、立派な道路が造られ、たくさんの住宅が建ち並んで、大きなスーパーマーケットやホームセンターのある地域へと変貌した。
昔私が住んでいた家のある場所へ行こうとしたが、あまりの変わりようで、道に迷い、何度も同じ道を回ってやっと見つけるありさまだった。

しかし、市の中心地の商店街は、今はシャッター通りとなり、日中でもほとんど人が通っていない。中心にあったデパートは倒産し、朽ちた建物がそのまま残っている。
日本のほとんどの地方都市は、これと同じ状況になっている。いわゆるドーナツ化現象である。しかし、地域の人々の努力で、さまざまな町興しが行われているようだ。
墓参りをしたあとに車で市街地に入ると、巨大な秋田犬の像が目に入った。これは何かのイベントのために作られたものらしい。そして、無かったはずの新しい店が所々に見つかった。毎年来ているところだが、こういう風景は今までなかったように思う。自分の育った町が寂れていくばかりの風景になっているのは悲しいものがあるが、少しずつよい方向に変化が生じてきているようだ。

by 130atm | 2016-08-17 09:08 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2016年 01月 02日

ダイエットの決意


心臓病を患ったせい(言い訳)もあって運動不足になり、体脂肪が増大した。
手術後の生活は、無理をしてはいけない。早朝の運動や全力疾走、バーベルを持ち上げるようなハードな運動はするなとあった。主治医には1、2ヶ月はジョギングを控えよと言われたが、心臓に負担の少ないウオーキングなら問題ないだろう。
心房細動はなくなったとしても、まだ不整脈はある。腕立て伏せや腹筋運動、そしてスクワットもしなくては効果があがらないから、無理のない範囲でウオーキングと並行して毎日行うことにした。

元旦朝の体重は70.4キロ、体重計の体脂肪率は33.8%を示した。ネットで購入したLサイズのロングタイツを穿いてみたら、これがすんなり入らないので愕然とした。タイツの裾のジッパーを閉めるのも困難。それで、ダイエットの効果が現れるまで、今までのタイツを使い続けることにした。
単身赴任時代に一緒にマラソンを走った同僚からの年賀状に、まだハーフやフルのマラソンを走っていると書かれているのを見て、大きな衝撃を受けた。やろうと思えばまだこの歳でもできるのだ。

体重と体脂肪率の推移のグラフをExcelで作成し、1月1日から入力をはじめた。朝夕体重計にのり、グラフに記入して一喜一憂するのがダイエットに効果的なのだというが、朝だけにした。走ることができないまま体重を減らすのには時間がかかるが、酒を控え、食事の量や脂肪分を減らして、焦らずに続けていこうと思っている。

【余談】
体重計の設定は10年近い昔のままだったので、現在の私の年齢や身長に更新したら、体脂肪率が22.9%になった。元よりこの数値は正確ではないだろうが、余分な脂肪がついていることに変わりはない。

by 130atm | 2016-01-02 09:23 | 日常雑感 | Trackback | Comments(2)
2015年 12月 30日

ゆっくりいこうぜ


「ほかになにか訊きたいことはありますか」
「先生、手術が終わったら、ジョギングしてもいいでしょうか」
思わぬ質問に、その若い専門医はムッとした様子で応えた。
「ジョギングよりも心臓のほうが大事でしょう。1、2ヶ月は控えておいたほうがいいと思います」

心房細動不整脈になってからは日常生活にも支障が出るようになり、ジョギングはもちろんウオーキングも止めていたせいで、身体には脂肪が蓄積しだした。顔もふっくらとしてきたが、これはどう見てもむくんでいる顔だ。
手術が終わったらこの無駄な脂肪をそぎ落とし、スリムな老人になろうと考えていた。それにはまず形から入るのが、私の流儀だ。
ネットで新しいジョギングシューズ、ロングタイツを購入した。ジョギングにも使えそうな頭をすっぽり覆うニットの帽子も買った。退院してから、スポーツ用品店でタイツの上にはくトランクスも3割引で買った。

私は思った。ネットで買うと、どうしてこんなに安いのか。どうして欲しいものがほとんど品切れしているのか。
それは、時季はずれに欲しがるからだということもあるだろうし、売れ残りのリスクを避けるために売り切れご免にしているショップも多いということもあるだろう。今までランニングファッションなどにはほとんど興味はなかったから、必要があるときにだけショップに行っていたが、それではいいものが手に入りにくいということなのだ。たとえば、2015年の秋冬モデルというのは、いつの時期に販売が開始されていたのか。2016年の春夏モデルというのはいつになったら店頭に出回るのか。それが分かれば、欲しいものがほぼ確実にネットで安く手に入るようになるのだろう。

ネットショッピングで驚いたことがある。退院した土曜日の午後に、ニット帽を注文した。特急便でなく普通便で注文したのである。特急便なら翌日、普通便なら翌々日にお届けするという。急ぐことはないので、普通便にしたら、お届け予定日が翌々日になるというメールが来た。配送状況を確認してもそうなっていた。ところが、翌日の昼頃に配送状況をパソコンで見てみると、もう配達済みになっている。郵便受けに届けているというので行ってみると、たしかに入っていた。これでは特急便と変わらないではないか。
注文した当日に届けるサービスもはじまっている。これだけ物流が早くなると、立ちゆかなくなる商売もあるだろう。なぜそんなに急ぐのか。世の中についていけない老人としては、世の中はもっとゆっくり動いてもらいたいと、つくづく思うのである。

by 130atm | 2015-12-30 15:20 | 日常雑感 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 20日

翻訳


安保関連法案が、予想どおり成立した。これで終わりなのではなく、これからが本当の闘いである。

首相や官房長官、そして政府与党の発言は、ことごとく翻訳して受け止める必要があるだろう。それは、ウソ、欺瞞、詐欺に満ちているからである。本当のことを言えば、支持率に跳ね返る。だから、表現の仕方を巧妙に工夫する。それはたとえば、敗戦を終戦といい、占領軍を進駐軍と言い換えたのとは少しちがって、さらに巧妙の度が高くなっている。
この安保関連法のことを、安倍首相は「時がたてば理解は広がる」と言った。首相の本音は、「時がたてば国民は忘れてくれる」ということだろう。
この法律が成立したら、しばらくは波風を立てないように、静かにしているのではないか。そして、ほとぼりが冷めてきたころに、小出しにまた新しい法案を作り出すだろう。ちょっとずつ、国民をあまり刺激しないように。それはナチスがドイツを支配するに至った手法である。小さなことを積み重ねていって、国民に、その都度たいしたことではないと思わせる。ある時、気がついたら茹でガエルになっている。もうそのときには、どう足掻いてもどうにもならない。そういうことの延長線上に、徴兵制も導入されてくるのだろう。

ドイツでは、ナチスの支配を許したことへの深い国民的反省があって、「端緒において抵抗せよ」という教訓が今でも共有されている。だからネオナチにチャンスは全くない。そういう動きがあると、すぐに反対の動きが起こるからだ。過去へのまなざしが頭と心両方にあれば、現在をより正しく判断し、評価を下すことができる。新しい、危険で極端な潮流を知覚し、初期の段階で戦う。他の人に別の態度を取るよう説得するのだという。

安保関連法に賛成する人びとの、その由来はどこにあるのか。
単なる考え方のちがいという、簡単なものではないだろう。それは歴史というものを知らないか、あるいは想像力が欠如しているのか。その二つのほかに、まだ何かあるのかもしれない。
真珠湾を先制攻撃するとき、東条英機は、最初に徹底的に米国を叩けば、米国は戦意を喪失して降伏すると読んでいたという。ところが、読みとは反対に、圧倒的生産力をフル稼働させて日本に反撃してきたのである。
安保関連法は、中国の台頭、脅威に対抗するものだと言われる。この法律ができて、日本が戦争に踏み込むことができるようになれば、中国は恐れをなして温和しくなると、政府は目論んだようだ。しかし、実際には逆で、かえって中国が軍事力を増強させる口実になった。力に対抗するには、力を増強させること以外にはないからである。安倍晋三は、ポツダム宣言を読んでいないどころか、日本が米国と戦争を開始したいきさつも、まるで知らないかのようだ。

安倍晋三は、この法律の成立によって、いっそう米国のおぼえがめでたくなるのだろう。宗主国に大きく貢献できた喜びに満たされ、属国の首相として、大きな仕事を成し遂げた幸福に浸る日々が訪れたのだ。これでジャパンハンドラーたちを喜ばせ、米国への隷属度がいっそう深まっていく。日米同盟で飯を喰っている人たちの生活は、これで盤石になったのだろうか。

by 130atm | 2015-09-20 20:56 | 日常雑感 | Trackback | Comments(0)